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車を降りた柚子は、過呼吸気味だった息を整える為に、一度深く息を吸った。
涙で濡れた頬を、刺すような冷風が鋭く撫でていく。
そんな中を、五十嵐の元に向かって歩き出した。
五十嵐は煙草など吸っていなかった。
ただ木の手摺りに手を付き、じっとそこから見える東京の街を眺めていた。
黙って柚子がその横に並ぶと、五十嵐は目線を変えることなく、前を見つめたまま静かに口を開いた。
「都会の空って不思議ですよね。曇っていて星がなくても、街の灯が雲に映ってあんなに明るい……」
柚子は無言で、空を見上げる。
五十嵐の言う通り、星こそなかったが、東京の空は充分に明るかった。
だがその明るさは、どこか人工的で、ひどく冷たく感じた。
「普段は俺達、あの下にいるんですよね」
「……………」
「ここからだと見えもしないぐらい小さな存在なのに、あの空の下で、悩んだり苦しんだり、精一杯もがいている……」
淡々と語る五十嵐の横顔を、柚子はゆっくりと見上げた。
五十嵐の横顔は凪いだ海のように静かで、穏やかだった。
込み上げるものを堪え、柚子はぎゅっと手摺りを握りしめた。
「………五十嵐さん」
名を呟くと、そこで初めて五十嵐は柚子に目を向けた。
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