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柚子と別れてマンションに戻ってきた五十嵐は、すぐに家に戻る気になれずに、駐車場に停めた車の中でぼんやりしていた。
火の点いていない煙草をくわえ、軽くリクライニングを倒す。
ギッ…という椅子が軋む音と共に、近い天井を仰いだ。
(20代後半の失恋ってキッツイなー……)
だがキツイ反面、どこか気持ちが軽くなっているのも事実だった。
柚子との別れを決断するまでのほうが、ずっとずっと苦しかった気がする。
けれどやはり失ったものの大きさを思うと、胸が締め付けられるように痛かった。
(…………結構、頑張ったよなー、俺……)
三年ぶりの恋。
日々募っていく柚子への恋心と、それを証に黙っていることの葛藤。
本気で柚子が欲しくて、証と争う決意をした。
そして生まれて初めての告白。
その後はもう、ただがむしゃらに突き進んで。
それでも柚子の心を手に入れることはできなかった。
………最後は精一杯の強がり。
精一杯のカッコつけ。
(………あんな言葉で、柚子さんの心が軽くなるとは思えないけど……)
恐らく今夜は、柚子にとって辛い一夜になる。
五十嵐への罪悪感。
そして、証が自分の為に大きな代償を払ったこと。
最後は笑顔を見せていたが、一人になった時にどれだけ柚子が苦しむか……。
それを思うと、やはりやり切れなかった。
大きく溜息をついた時、脇に置いていた携帯が振動し始めた。
「…………」
無言で携帯を手に取り、電話の主を確認してひどく憂鬱な気分になる。
だが無視する訳にもいかず、五十嵐は重い動作で通話のボタンを押した。
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