君の為なら

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(………でも………) 相手は何と言っても、あの成瀬グループの会長なのだ。 会いたいからといって、おいそれと会える相手ではない。 アポを取ろうとしても、こんな一介の女子大生など、歯牙にもかけてもらえないに違いない。 いや、橘 柚子だと名乗った時点で塩を撒かれて門前払いも充分に有り得る。 そこまで考えて途方に暮れたその時。 バッグの中の携帯が鳴った。 夜の公園でその音はひどくうるさく、柚子は慌てて相手を確認する前に通話ボタンを押した。 「…………もしもし?」 『もしもし、柚子?』 柚子とは対照的に明るい声で電話に出たのは、母の奈緒子だった。 「………おかあ……さん……」 『ちょっとあなたの予定聞きたくてね。近況も知りたいし、明後日あたり一緒にランチでもどう?』 柚子はぎゅっと携帯を握りしめる。 正直、未だに自分を置いて出ていった奈緒子に対しては複雑な感情を抱いていたのだが。 今この時、母親の声だと思った瞬間に、張り詰めていた何かが一気に緩んでしまった。 堪えていた涙が溢れ出す。 「………お母…さん。……お母さん……」 『……………』 柚子の様子がおかしいと気付いたのか、奈緒子は一瞬黙り込んでしまった。  
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