君の為なら

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奈緒子のホテルルームは、大方の予想通り、豪奢なスイートルームだった。 リビングには立派なテーブルやソファーが設えられており、一人で宿泊するのが勿体ないほど広い。 一泊の料金がいくらなのか気になるところだが、聞いたらきっと発狂すると思い、柚子はあえてスルーすることにした。 「夕飯は食べたの?」 コートを脱ぎながら奈緒子がそう尋ねてきた。 柚子は首を振る。 「………食べてない」 「じゃあ、何かルームサービス取る?」 「ううん、いい。お腹空いてないから」 「…………そ」 奈緒子は肩をすくめ、備え付けの電話に歩み寄った。 「私はワイン頼むけど。あなたも飲む?」 「………お酒は飲めないから」 「じゃあ、温かいハーブティーでも頼んであげるわ。ハーブは気持ちを落ち着けてくれるのよ」 そう言うと返事を待たずに、奈緒子は受話器を上げた。 柚子はぐるりと部屋を見渡す。 注文を終えた奈緒子は、柚子の向かいに腰を下ろした。 「旦那様は、来たりするの?」 「たまにね。今はお互い忙しいから。落ち着いたら新居探ししないといけないわね」 「…………そっか」 柚子は小さく笑い、ふっと吐息した。 奈緒子は足と腕を組み、じっと柚子の顔を見つめた。  
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