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…………いつからだったろう。
こんな風に父に対して、心を閉ざしてしまったのは。
「………それじゃあさ」
奈緒子の言葉に、物思いに耽っていた証はハッと顔を上げた。
「あ……はい」
「お母様のこと、あの人と何か話したことある?」
「……………!」
母という単語に、証の心臓がドキッと弾んだ。
食い入るように奈緒子を見つめた後、唇を噛んで目を伏せる。
………ああ、そうだ。
思い出した。
あれはまだ四つか五つの頃。
何気なく父に、母親はどんな人なのかと尋ねた時。
父はとても辛そうな顔をした。
あの時、子供心に悟ったのだ。
母のことは、聞いてはいけないのだと。
聞くと、父を悲しませてしまうのだと。
────そして、それと同時に気付いたこと……。
証は俯いたまま、ぎゅっと両拳を握りしめた。
「………いえ。父から直接、母の話を聞いたことはありません」
「まあ、どうして?」
奈緒子は驚いたように目を丸くする。
「普通、自分の母親がどんな人かって気にならない?」
「………それは……」
証の表情が翳りを帯び、ひどく悲しげに歪んだ。
「父が、母の話をすると悲しむので……。母は……俺を産んですぐに亡くなったから」
「……………」
「だから、父はきっと俺を憎んでいるんです。……最愛の人を奪った俺を……」
証の言葉に、奈緒子は呆気にとられてポカンと口を開けた。
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