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だがその直後、雄一郎は睫毛を伏せ、物憂げな表情を見せた。
「………成瀬の家に入ることが、必ずしも幸せだとは限らんがな」
「……………」
証に語りかけたというよりは、無意識に独りごちたような印象だった。
証はハッと父を注視する。
………もし聞くなら、今しかないと証は思った。
聞きたくても聞けなくて、ずっと飲み込んできた言葉。
証はゴクリと喉を鳴らし、強く拳を握りしめた。
「………それは……母のこと、ですか」
「……………」
雄一郎の体がピクッと反応する。
証は更に続けた。
「母は……成瀬に嫁いで、不幸だったのですか」
静かな証の問いに、雄一郎はしばし無反応だった。
というよりは、遠い記憶に思いを馳せているような……そんな感じだった。
長い沈黙の後、雄一郎はゆっくりと証の顔を見上げた。
「………幸せだと、言っていたよ。……私と結婚したことも、お前を授かったことも」
それを聞いて、証の目頭が熱くなる。
もしかしたら自分は望まれて生まれてきたのではないのではないかと、ずっと不安に思っていた。
そんな思いが今、スッと氷解していくような感覚を覚えた。
「……お、お父さん……も……俺が生まれて……幸せ…でしたか」
何故かそう問うた声が震えていて、言い終わった後で証は強く唇を噛んだ。
雄一郎は驚いたように証を見上げる。
歯を食いしばっている証を見て、雄一郎はふっと苦笑した。
「───当たり前だろう。……お前は、母さんが生きた『証』なんだから」
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