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「どういう意味ですかな?」
「…………言葉通りの意味よ」
低い声でそう言うと、奈緒子はゆっくりと立ち上がった。
雄一郎がそれを見上げた瞬間、奈緒子は勢いよく雄一郎のネクタイを掴んでぐいっと引き寄せた。
虚を衝かれた雄一郎は目を見張る。
奈緒子は鼻先で雄一郎の顔を睨み据えた。
「親のエゴで、好き合ってる二人を引き離そうとすることが、バカだって言ってんのよ」
「……………っ」
雄一郎は奈緒子の手を振り払う。
そうして緩んだネクタイの結び目を押さえながら、キッと奈緒子を見上げた。
「貧乏生活に耐え兼ねて娘を置いて出て行った人間に、言われたくはないですな」
「………もちろんそのことは後悔してるし、謝って許してもらえることだなんて思ってないわ。……でもだからこそ、今は柚子の為に精一杯のことをしてあげたいって思ってるのよ」
奈緒子はぎゅっと拳を握り締める。
「私だって成瀬の人間なんかと付き合うのは反対よ。ヘドが出るわ。………でも……」
言いながら奈緒子は目を伏せた。
「………あの子が泣くのよ。成瀬 証が好きだって。自分はどうなってもいいから、あんたと話をさせてくれ…って」
「……………」
「だから私はあの子の気持ちを汲んで、今日ここへ呼んだのよ。断腸の思いでね。……それが親ってもんでしょうが」
すると雄一郎はフンと鼻先で笑った。
「それはそちらの物差しだ。私は私なりに、証の幸せを考えている。………証の幸せに、橘 柚子はいらない」
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