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「………ああ、そうだ」
奈緒子が思い出したように声を上げる。
まだ何かあるのかという風に、雄一郎の顔にうんざりしたような色が走った。
「うちのメインバンク、東京MJ銀行なんだけど。その前身の望月銀行の頭取さんとついこの間お話する機会があってね」
その言葉に、雄一郎の体が小さく反応した。
「あなたの亡くなられた奥様、前頭取の娘さんだったんですってね。……しかも驚いたことに、あなたの両親の大反対を押し切っての結婚だったそうじゃない」
その瞬間、雄一郎は勢いよく奈緒子に向き直った。
その瞳はまるで憎しみが込められているかのように鋭く、この日初めて奈緒子は雄一郎に気圧された。
だがここで怯む訳にはいかないと、奈緒子は自分を奮い立たせる。
「…………どうして、その時の気持ちになって、息子さんのことを考えてあげないの」
「……………」
「ご両親に反対されて、あなただって辛かったんでしょう?」
「─────私は…っ」
そこで雄一郎はすぐ脇の壁を激しく叩き付けた。
その迫力に、奈緒子は驚いて口を噤む。
「私は、私のエゴで妻の命を奪ったんだ! 生まれて間もない証から、母親を奪ったんだ!」
「……………」
「妻が死ぬ時、必ず証を立派に育ててくれと……そう私に言い残した! 幸せな子供にしてやってくれと…! だから私は並々ならぬ努力をして、この成瀬を大きくしてきたんだ…!」
奈緒子はゆっくりと目を見開く。
雄一郎はたまり兼ねたように目元を片手で覆った。
「母親を奪った私が証にしてやれることは、いつか証の物になる成瀬グループを大きくすること。……そんなことぐらいしかなかったんだ……」
悲痛にも聞こえるその言葉に、奈緒子は打たれたように立ち尽くし、黙って雄一郎の姿を見つめるしかなかった。
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