4人が本棚に入れています
本棚に追加
螺旋階段 (2/11)
(ロクデナシ……)
母が口にした言葉を反芻し、紗季は悄然たる思い で窓 の外を見た。
団地内の寂れた公園で、男の子が楽しげにブラン コに 乗っている。
ブランコの軋む危うい音が、冬の冷気に簫条と吸 い込 まれていく。
(ロクデナシ、か……)
心の中で呟いた時、遠い記憶が、紗季の胸底に暗 色の 情景をなして広がった。
三年前に脳梗塞で他界した父は、生前、ことある ごと に、母からそう罵られていた。
アルコール中毒の日雇い労働者だった父は、全く もっ てロクデナシとしか言い様のない人だったの だから、 致し方ないが。
懐に入る些少の日銭は、酒に化けて父の胃袋に消 え る。
そのため親子三人は、母がビル清掃の仕事によっ て得 る僅少な給金によって、慎ましやかに暮らす ことを余 儀なくされた。
殊更、貧乏を惨めだと思ったことはない。
が、酒に酔った父が母を殴打するのを見るたび に、こ の父の下に生まれたことを呪わずにはおれ なかった。
テーブルの向こうに端座している苦労人には、苦 労に 見合うだけの幸せを感じる一時があったのだ ろう か……。
(ロクデナシ……)
雄二に向けられた罵倒の言葉が、父への憎悪と交 差し て、紗季の胸底で爆ぜた。
紗季は、今日、この実家に帰ってきたことを悔い た。
先ほどの墓参での光景を、暗然と思い出しなが ら。
最初のコメントを投稿しよう!