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春の月のように、証の顔が霞んで見えた。
濃い熱が部屋の中を満たしていくのがわかる。
だがすぐに、それらを感じる余裕すら無くなってしまった。
証が動くたびに体を突き抜ける鈍い痛みも、いつしか麻痺したようにわからなくなった。
時々証は柚子の様子を窺うように動きを止めた。
何度か大丈夫かと問われ、その度柚子は無言で頷いた。
耳にこだまする荒い息遣いも、どちらが発しているものなのかわからない。
吐息も、視線も、鼓動も。
すぐ近くで絡んで、溶け合って、一つになる。
途中、何度も証はうかされたように柚子の名を呼んだ。
それに応えるように、柚子も同じだけ証の名を口にした。
こんな風に肌を重ねるのは初めてなのに、既視感さえ覚えるほど胸が締め付けられるのは。
きっと証が今、子供の頃と同じ顔をして自分を見つめているからだ、と柚子は思った。
熱いものが胸に込み上げ、思わず証の首に腕を絡めてその目元に口付けると。
証の瞼は微かに濡れていた。
それが涙か汗かはわからなかったが、たまらなく愛しく感じて。
柚子は強く証の首にしがみついた。
証も黙って柚子の体を抱きしめ返す。
目を閉じると、先ほど自分がしたように証が瞼にそっと口づけてきた。
それがきっかけのように、柚子の目尻から涙が一筋、耳へと伝った。
…………二人はただ、傍にある温もりを求めて、貪るように互いの肌に溺れて。
静かに二人だけの世界へと堕ちていった──……。
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