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柚子が返答に窮していると、証はほんの一瞬だけ机の上の婚姻届に目を走らせた。
そうして一拍の後、ふと口を開いた。
「お前、結婚て何だと思う?」
「…………え」
唐突な質問に、柚子は目をしばたかせる。
「俺、母親を早くに亡くしたから、夫婦っていうものがどういうものなのかよくわかんねーけど……。
昔みたいに男が外で働いて、女は家庭を守るのが当たり前ではなくなってきてるだろ、このご時世」
「……………」
「女だってバリバリ仕事する時代だし、俺はそういう女性、すげーと思うよ」
柚子が目を見張ると、証は小さく頷いた。
「だから……結婚しても働きたいってお前の気持ちは尊重したいし、……間接的にそういう女性の為になる仕事を選んだお前のことも……俺は尊敬してる」
柚子は息を止め、証の顔を食い入るように見つめた。
証が自分を尊敬しているなんて、何かの聞き間違いなのではないかと思った。
「………で、別にお前に感化された訳じゃねーけど、親父に保証人の署名貰うついでに、企画書も出してきたんだ」
「…………え?」
「成瀬もあれだけの規模の会社だからさ、女性社員が結構いる訳」
証の言葉に、柚子は一度だけ訪れた成瀬グループの本社をぼんやりと思い返した。
確かに、あの一瞬だけでも柚子は沢山の女性社員とすれ違った。
「そういう人達が、もう結構前から結婚しても働きやすい職場環境を希望するっつって、本社に保育所を作ってほしいって要望が出てたんだ」
淡々と語る証の口元を、柚子は黙って見つめていた。
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