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「…………逃げないよ」
「……………」
「約束するから」
そこでようやく証の手の力が緩んだ。
壁に縫い付けられていた手首が解放され、柚子はホッと息をつく。
「……………」
少し赤くなった手首をさすりながら、柚子はチラリと証の顔を見上げた。
証は怒りを持て余すように横を向いて、前髪を掻き上げていた。
「えーと…。コーヒーでも淹れようか?……インスタントだけど」
「いらねーよ」
食い気味に柚子の言葉を遮り、証はギロッと威圧的に柚子を睨み付けた。
(………ひぇ~。こりゃ本気で怒ってるなぁ……)
柚子は思わず首をすくめる。
家を出てすぐならいざ知らず、三日も経ってから、ここまで怒り狂って家まで乗り込まれるとは正直思っていなかった。
もしかしたら仕事が忙しく、三日間怒りを堪えながら生活していたのかもしれない。
証はクルッと踵を返し、早々にちゃぶ台の前に座った。
どっしりと胡座をかき、真正面から話を聞く構えである。
柚子は腹を括り、躊躇しながら証の向かいに腰を下ろした。
「…………で?」
証は腕を組み、鋭い視線を柚子に投げた。
「あの置き手紙はどういう意味なのか、聞かせてもらおうか」
「………別にそんな、深い意味はないよ」
柚子は口を尖らせる。
「…………はあ?」
「契約終わったから帰ってきたのよ。なんか文句ある?」
「……………」
悪びれもせずにしれっと答える柚子を見て、証は反論しようと口を開きかけた。
だが続けて言葉が出てこない。
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