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「──はい、では後日改めて伺います。ありがとうございます失礼します」
秋山は先方が電話を切るのを確認してから受話器を置くと、懐から取り出した黒い革の手帳に予定を一つ書き足した。
とあるビルの一室は世話しなく電話と人の往来で賑わっていた。
その中でも一際鋭い眼光を放つ男が秋山。
彼は31歳の中堅、生粋の営業マンだった。受けた電話を自分からは切らない。些細な事もメモを取る。
慎重とも神経質とも取れる秋山の姿勢は、見事に営業で全国トップの成績を叩き出して来た。
しかし営業は慎重さだけでは売り上げには繋がらない。
秋山はパソコンを前にキーを軽快に叩きながら黒の安っぽい眼鏡をズリ上げた。
彼の視力は裸眼で2、5。だが、あえてだて眼鏡を掛けているのは自分の鋭い眼光を悟らせない為の思慮。
毎朝新聞を4紙読み込んでいるし週刊誌を5冊読破する事も欠かさない。情報収集は日課。
そして顧客の個人情報は全て頭に叩き込んで有る。
資産、交遊関係から愛人の有無に至るまで。正に蛇が如く絡み付くが如きの周到な営業。
狙った獲物は逃がさない。
秋山は恐ろしく狡猾だった。
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