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やけに蒸し暑い夏の日だった。台風が接近していたからかもしれない。湿度も高く風が吹き荒れ、土埃や木の葉が、水色の塗装が剥げ鉄骨が剥き出しになった歩道橋の上を舞う。
俺達は夏休みを利用し、俺達が育った児童養護施設に行く途中だった。
鈴木一郎の被っていた茶色のキャップ。ブランドのタグがついたキャップが突風に浚われ宙を舞う。
ほんの一瞬の出来事だった。
いや、天が俺に味方したのかもしれない。田舎町だ、台風が接近しているのに外出する者はほとんどいない。
鈴木一郎は歩道橋の上で右手を伸ばし、身を乗り出した。俺は彼の背中に手を伸ばす。風に飛ばされたキャップを一緒に掴む振りをし、鈴木一郎の背中を思い切り押した。
鈴木一郎は目を見開き俺を見た。幼い時に心臓病を患っていた彼は、歩道橋の上から落ちただけでも、死んでまうかもしれない。
こいつの肉体を奪う。
こいつの人生を奪う。
こいつの財産を奪う。
俺はこいつに勝つんだ。
俺は彼の背中を押し、ほくそ笑む。
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