叶わなかった恋

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(………うぅ。応接間までコーヒー三つはキツイ……) 大きな盆にコーヒーカップを三つと、先ほど買ってきたロールケーキが乗った皿三つを乗せ、千波は慎重に廊下を歩いていた。 応接間は、この家の中で一番庭が綺麗に見える場所に配されていて、実は台所からは結構遠い。 ユラユラとカップの中で波打つコーヒーを見つめながら、どうか零れないようにと千波は心の中で祈った。 最後の角を曲がると、楽しそうに談笑する声が聞こえてきた。 今は気候がよく、窓も障子も開け放っているので、陸達の会話が漏れ聞こえているのだ。 「しっかし、マジで交通の便悪いな、ここ。朝から家出てこの時間だぜ?」 「仕方がないでしょう、島なんだから。それでも橋ができて船に乗らなくてよくなった分、早く来れるようになったんですよ」 「………ああ。そういやガキん時に遊びに来た時は、船に乗った気がする」 そこで一瞬会話が途切れ、障子の外で機会を窺っていた千波は声をかけた。 「失礼します」 (……うわ。……緊張する……) 自分でもびっくりするほど、声が震えていた。 カチャカチャとカップが音をたて、震えているのが声だけでないことを悟る。 「はい、どうぞ」 陸の声が返ってきたので、千波は盆を置いて部屋の入口に膝をついた。 「失礼いたします。コーヒーをお持ちしました」 三つ指をついて、深く頭を下げる。 そうして再び盆を手にし、立ち上がった。  
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