叶わなかった恋

34/40

1774人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
「それに、元々千波さんと会ったのは別の場所なんです」 「そうなのか?」 「はい。それでたまたま彼女が仕事を探していたので、僕がここにスカウトしたんですよ」 陸はそう言うと千波に視線を向け、ね?と言って微笑んだ。 千波ははい、と答えて頷く。 すると証は足を崩し、少し呆れたように陸を眺めた。 「なんだよ、じゃあ気に入った女傍に呼んだってことかよ。なんか余計やらしいな」 「…………証!」 ずっと黙っていた柚子がさすがに窘めるように証の袖を引いた。 すみません、と千波に向かって頭を下げる。 明け透けな証の物言いに少々面食らったが、千波はいいえ、と笑って首を振った。 陸から前もって「証は悪い奴じゃないんですが、少々口が悪いんです」と聞いていたので、ある程度の心構えはできている。 ………確かに想像以上に生意気そうだが。 それでも変にお高くとまることもなく、二人から受ける印象は悪くなかった。 「………まあ、とにかくそういうことなんで。明日は千波さんにこの辺りを案内してもらいますから」 まだ少しそわそわしたような二人を尻目に、陸はそこで話を終わらせようとした。 横に座る千波に軽く頭を下げる。 「それじゃ千波さん、仕事に戻ってください」 「………あ、はい」 「あ、それと。少し大きめの灰皿を持ってきてくれますか。……こいつ、すごいヘビースモーカーなんで」 「わかりました」 この場を離れられることに少しホッとして、千波は最後に深くお辞儀をしてから盆を手にして立ち上がった。  
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1774人が本棚に入れています
本棚に追加