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「ど、どうなさったんですか」
奥歯を噛み締めて涙を堪えながら、千波は無理に笑顔を作る。
「千波さんを待ってたんです。今日のお礼を言いたくて。……あと、明日のことと」
「……………」
(…………明日………)
思わず千波は目を伏せた。
千波の様子がおかしいことに気付いたのか、陸が気遣うように少し首を傾げた。
「…………千波さん?」
「……………」
…………もし、自分の考えが正しいのならば。
本当は、自分なんかが踏み込んでいい領域ではないのかもしれない。
けれど、陸が何故、どういった意図で。
千波に恋人のふりを頼んだのかを、知らなければならないと思った。
それを知ることで、明日の自分の役割が、わかる気がする一一…。
「……………陸様」
凛と顔を上げた千波を、陸は少し驚いたように見つめ返した。
短い躊躇の後、千波は意を決して口を開いた。
「陸様が……私を恋人として紹介したかったのは……本当は、柚子さんだったんじゃないですか」
一気に吐き出した千波の言葉に。
陸はゆっくりと目を見開いた。
「……………」
しばらく無言で千波の顔を見つめていた陸だったが、やがて小さくふっと息をついた。
参ったというように首の後ろに手を置き、苦い笑いを浮かべる。
「女の人は、鋭いなぁ……」
そう呟いて空を仰いだ陸を、千波は黙って見つめた。
陸は長い間、じっと虚空を見上げ……。
覚悟を決めたように、千波の顔を見下ろした。
「千波さん。……今から少し、付き合ってもらえますか」
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