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「………あの時、上から千波さんの姿を見て、ドキッとしたんだよなぁ……」
「…………え?」
意味がわからずに問い返すと、陸の瞳が微かに揺れた。
「あの日、いつもより遅い時間にここに来て……今みたいに膝を抱えて座っている千波さんが、自分と重なって見えたんです」
「………………」
「それと同時に、他人から見るとあんなに寂しそうに見えるのかって……少しドキッとしました」
千波はあの日のことを思い返す。
良平に浮気された翌日に、職場をクビになって。
確かにあの時の自分の背中は、尋常ではないほど哀愁が漂っていたかもしれない。
「寂しそう……でしたか」
「はい。それで気になって砂浜に降りたら、いきなり立ち上がって花束を海に叩き付けて、バカヤローですもんね。度肝抜かれましたよ」
「……………」
………ああ。
穴があったら入りたい。
いっそ今ここに、深い穴を掘ってしまおうか。
恥ずかしさで顔を真っ赤にして俯いた千波を見て、陸はクスクスと笑った。
………しばらくそうやって肩を揺すって笑っていた陸だったが。
不意にそれを収めて、じっと前方を見つめた。
ザザーッという規則的な波の音だけが、二人の間を鳴き渡る。
張り詰めたような空気が陸から伝わってきて、千波は無言で寄せて返す波を見つめていた。
「──── 俺、柚子さんのことが好きだったんです」
潮騒に紛れて消えてしまいそうな陸のその声を、千波は驚くほど冷静に受け止めていた。
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