王子様じゃない

5/40
1655人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
「………あの時、上から千波さんの姿を見て、ドキッとしたんだよなぁ……」 「…………え?」 意味がわからずに問い返すと、陸の瞳が微かに揺れた。 「あの日、いつもより遅い時間にここに来て……今みたいに膝を抱えて座っている千波さんが、自分と重なって見えたんです」 「………………」 「それと同時に、他人から見るとあんなに寂しそうに見えるのかって……少しドキッとしました」 千波はあの日のことを思い返す。 良平に浮気された翌日に、職場をクビになって。 確かにあの時の自分の背中は、尋常ではないほど哀愁が漂っていたかもしれない。 「寂しそう……でしたか」 「はい。それで気になって砂浜に降りたら、いきなり立ち上がって花束を海に叩き付けて、バカヤローですもんね。度肝抜かれましたよ」 「……………」 ………ああ。 穴があったら入りたい。 いっそ今ここに、深い穴を掘ってしまおうか。 恥ずかしさで顔を真っ赤にして俯いた千波を見て、陸はクスクスと笑った。 ………しばらくそうやって肩を揺すって笑っていた陸だったが。 不意にそれを収めて、じっと前方を見つめた。 ザザーッという規則的な波の音だけが、二人の間を鳴き渡る。 張り詰めたような空気が陸から伝わってきて、千波は無言で寄せて返す波を見つめていた。 「──── 俺、柚子さんのことが好きだったんです」 潮騒に紛れて消えてしまいそうな陸のその声を、千波は驚くほど冷静に受け止めていた。  
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!