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「元々その…。陸様に恩返しがしたくて引き受けたことだったし…。
それに昨日は私も充分楽しませていただいたので、お礼されること自体が本末転倒と言うか……」
すると陸は首を傾げながら、小さく苦笑した。
「実は、この辺で気軽に飲みに行ける居酒屋とかあったらいいなぁって思ってるんですけど」
「……………」
「ただこっちに来たばかりでまだこの辺のことよくわからなくて。……よければ千波さん、どこかいい店があったら教えてくれませんか」
お礼という部分をスルリと方向転換されて、千波は咄嗟に断る理由を見つけることができなかった。
実際陸と食事に行くこと自体は嫌ではないので、こういう言い方をされると困ってしまう。
(相手に気を遣わせへん言い方するの、上手いなぁ……)
こんな一面を目にすると、本当に陸は東京の一流会社で秘書としてバリバリ働いていたんだなぁ、と実感する。
こういった些細なことで、余計に陸と隔たりを感じて寂しく思ってしまうのは、やはり身の丈を超えた感情なのだろうか……。
「…………駄目、ですかね?」
窺うような上目遣いで顔を覗き込まれ、千波は苦笑して小さく首を振った。
「私が……いつも友達と行ってる所でよければ」
答えると、陸はホッとしたような笑顔になる。
「………そうですか。ありがとうございます」
「でもあの、ホントに普通の小さな居酒屋ですよ?」
自分は気に入って通っている店だが、陸の口に合うかどうか不安に思いそう付け足すと、陸はクスッと笑って頷いた。
「そういう所がいいんです」
完全に先程の怒りを払拭したような笑顔を見て、千波はようやく安堵して体の力を抜いた。
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