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時に千波の言葉に、妙に卑屈なものを感じる時がある。
卑下とまでは言わないが、やたらと自分を下に見ているような…。
ケーキのことにしろ何にしろ気を遣われ過ぎて、それがとても淋しく感じてしまうのだ。
立場上、仕方がないことなのかもしれないが…。
(………もし結婚するとしたら、やっぱり千波さんのほうが……)
そこまで考えて陸はハッと口元を押さえた。
顔に熱を感じ、たまらず千波から顔を背ける。
(何考えてんだ、俺…。さっきから思考が毒されてる……)
昨日あんなに自分の気持ちに蓋をしたというのに。
いざ本人を前にすると、自分でも自分の言動や行動が制御できなくなってしまう。
………これは一体何なのだろう。
その時、千波がスッと陸に向かって一歩踏み出した。
それを機に千波に視線を戻すと、千波はどこかスッキリしたような笑顔で陸の顔を見上げてきた。
「遅くなりましたけど、お誕生日おめでとうございます、陸様」
「……………」
ペコリと深く頭を下げてから、千波は陸を見上げてもう一度ニコッと微笑んだ。
一瞬ためらった後、陸は少し笑ってから改まって千波に会釈を返した。
「ありがとうございます」
顔を上げ、目を見交わし、どちらからともなく微笑みあう。
それだけで、今は充分に陸の心は満たされ温かかった。
(好きとか、好きじゃないとか、今はまだどうでもいい……)
久しぶりに目の当たりにした屈託ない千波の笑顔に、陸はそう結論を出した。
さっきみたいに不安げな顔は見たくないから。
いつか自然に自分の気持ちがわかるまで、無理に追及することはやめておこう。
今はただ、傍でこの笑顔を見ていたかった。
………千波のこの笑顔を、失いたくなかった。
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