忘れ花

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良平の腕に揺られながら、千波は少しずつ平常心を取り戻し始めた。 慣れ親しんだ腕の中は想像以上に温かくて、懐かしくて。 ………そして、安心感を覚えた。 (………良平……) ドキドキこそしないが、今の自分にはこの安心感のほうが必要なのかもしれない、と。 久々に近くで見る良平の顔を見上げながら、千波はぼんやりとそう思った。 2階の千波の部屋に入り、良平はそっと千波をベッドに横たえさせた。 そうして緩く髪を撫でる。 「気分はどうや」 「………ん。……平気」 「こんな風になるの、久しぶりちゃうんか」 「………うん。……おばあちゃんのこととか色々あって、心労が重なったかも……」 良平は黙って千波の髪を撫で続ける。 「今日はずっと一緒におろうか?」 「……………」 その言葉を聞いた千波は、ハッと目を見張った。 失念していた陸の存在を思い出す。 『今日はずっと、俺が傍にいますから』 それと同時に陸の言葉が蘇り、我に返った千波は慌てて良平の手を振り払った。 「………平気やから。一人で大丈夫やから、もう帰って」 「………せやけど」 「ほんまに平気やから。……だからもう、帰って」 ピシャリと撥ね付けられ、良平は小さく息をつく。 これ以上は押しても引かない頑固者であることは、5年の付き合いで重々わかっていた。  
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