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身動きも返事もできない千波に構わず、陸は耳元で言葉を重ねた。
「今も、煙草の匂い、しますか?」
「………………」
「でもこれは俺の匂いであって、千波さんの彼氏のじゃない」
そう言うと、陸はゆっくりと千波の体を自分の方に向けさせた。
千波はただ、瞬きもせずに食い入るように陸を見上げていた。
「煙草をやめるとか、そんなのただの逃げだって気付いたから…。だから……」
陸はそこで言葉を止めた。
陸が何を言おうとしているのか図りかね、千波はただ息をつめて陸の顔を見つめているしかなかった。
「………………」
お互い逸らすことなく、真っ直ぐに視線を絡ませる。
千波の肩を掴む陸の手にグッと力がこもった、その時だった。
ピリリリ、と携帯の着信音がどこからか鳴った。
ドキッとして、千波は大きく肩を震わせる。
どうやら陸の携帯が鳴ったようで、メールだったのか着信音は一回でぷつりと切れてしまった。
だが一瞬それに気を取られたのか、力強かった陸の手の力がふっと緩み……。
それを機に千波はするりと陸の腕から逃れた。
「し…っ、失礼しますっ!」
ペコッと陸に頭を下げ、千波は踵を返してそのまま部屋を飛び出した。
陸の声が追いかけてきたような気がしたが、千波は足を止めなかった。
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