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途端に彼女は顔を真っ赤にして、あっという間にその場を走り去ってしまった。
たった二回の出会いの中で色んな表情を見せた彼女が、その時からひどく気になっていて。
けれどもう、二度と会うことはないのだろうと半分思っていた。
だからあの日、伯父のお使いで訪れた職安で彼女を見つけた時。
今まで自分から知らない女性に声なんかかけたこともなかったのに、反射的に彼女を呼び止めてしまっていた。
理由を聞けば、突然職場をクビになったのだという。
気の毒に思う気持ちもあったのは事実だったが、もう少し彼女を知りたいと思う気持ちのほうが大きくて。
彼女の人となりもよく理解していないのに、うちで働かないかと誘ってしまった。
けれど直感は間違ってはいなかったようで、若いにもかかわらず千波はくるくるとよく働いた。
母にもお手伝いさん仲間にも、五十嵐家の人間にも千波は評判がよかった。
年が同じだということで、自分も親近感を覚えて。
千波の明るい性格や物事の考え方に触れるうちに、いつしか友人のように立場を超えた感情を抱いてしまっていた。
今思えば、最初から千波には甘えていたところがあったのだと思う。
だから恋人のふりなんて、無茶な頼み事ができたのだろう。
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