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陸の部屋の前に立った千波は、片手で軽く簪に触れた。
ずれていないかを確認してから、おもむろにノックをする。
「おはようございます、陸様。コーヒーをお持ちしました」
声をかけると、少しの間の後で「どうぞ」と返事が返ってきた。
ドアを開けた瞬間、千波はあれ、と眉をひそめた。
(煙草の……匂い?)
反射的に陸の机に目をやると、マルボロの赤い箱と結構な量の吸い殻が乗った灰皿があった。
「おはようございます、千波さん」
思わず足を止めてしまった千波に、陸は椅子ごと向き直って笑顔を見せた。
我に返り、千波は慌てて後ろ手でドアを閉めた。
「おはようございます」
声をかけながら陸の前にコーヒーを置く。
ありがとう、と答えて薄く微笑んだ陸の顔は、心なしか疲れて見えた。
「あ、あの…。昨日はどうもありがとうございました」
「…………え?」
「その…。病院まで送っていただいて」
「ああ……いえ」
陸は笑って首を横に振った。
その所作もどこか元気がないように感じて、千波は怪訝に思いながらも言葉を続けた。
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