忘れ花 2

9/20
前へ
/40ページ
次へ
「それと、あの…。すみませんでした。せっかく家まで送っていただいたのに、ちゃんとお礼も言えないままで別れてしまって……」 「……………」 その時、陸の顔がサッと強張った。 そして何故か、千波から視線を外して目を伏せる。 「あの、実は私、震災以来揺れに対してすごく恐怖を感じるようになってしまって…。昨日は大きなトラックが通って、それで……」 「……………」 黙って話を聞いていた陸は、そこでゆっくりと千波を見上げた。   「もう、大丈夫なんですか?」 「え、あ、はい。全然大丈夫です」 努めて明るく答えると、陸は淡く微笑んだ。 「…………よかった」 「………………」 少し寂しそうなその笑顔を見て、千波は言葉を詰まらせる。 煙草といい、冴えない表情といい、陸に何かあったのだろうか。 「あ、あ……そうや」 千波はもう一つお礼を言わなければいけなかったことを思い出し、左手でそっと髪に触れた。 「この簪、本当にありがとうございました。すごく嬉しかったです」 「…………あ」 陸が千波を見上げたので、千波は陸に見えやすいように少し距離をとって体を反転させた。  
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2244人が本棚に入れています
本棚に追加