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「それと、あの…。すみませんでした。せっかく家まで送っていただいたのに、ちゃんとお礼も言えないままで別れてしまって……」
「……………」
その時、陸の顔がサッと強張った。
そして何故か、千波から視線を外して目を伏せる。
「あの、実は私、震災以来揺れに対してすごく恐怖を感じるようになってしまって…。昨日は大きなトラックが通って、それで……」
「……………」
黙って話を聞いていた陸は、そこでゆっくりと千波を見上げた。
「もう、大丈夫なんですか?」
「え、あ、はい。全然大丈夫です」
努めて明るく答えると、陸は淡く微笑んだ。
「…………よかった」
「………………」
少し寂しそうなその笑顔を見て、千波は言葉を詰まらせる。
煙草といい、冴えない表情といい、陸に何かあったのだろうか。
「あ、あ……そうや」
千波はもう一つお礼を言わなければいけなかったことを思い出し、左手でそっと髪に触れた。
「この簪、本当にありがとうございました。すごく嬉しかったです」
「…………あ」
陸が千波を見上げたので、千波は陸に見えやすいように少し距離をとって体を反転させた。
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