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千波に会いにきたと口にしていいのかわからず、陸はとっさに言い淀む。
「えっと、その…。さ、散歩に……」
「………散歩、ですか」
千波は素直に不思議そうな顔になる。
こんな天気の日に?と怪訝に思ったのが、その表情だけで伝わってきた。
止んではいるものの、まだ雪はかなり溶け残り足元は最悪だったからだ。
「いや、その……雪が珍しくて、つい外に出てみたくなったんです」
「………ああ、わかりますけど」
子供のような陸の言葉に、千波はふわりと笑顔になった。
「子供の頃、雪が積もると大はしゃぎでした。田んぼと畦の境もわからなくなって、どぶに落ちて、びちょびちょになっておばあちゃんに怒られて……」
並んで家路につきながら、クスクス笑って千波は思い出話を聞かせてくれた。
陸はその横で黙って千波の話に耳を傾ける。
「………………」
明るく笑ってはいるものの、陸は少し前に気付いてしまっていた。
千波の頬に、涙の跡があることを……。
「………………」
昼を過ぎて雲間から陽が射し始め、深く積もった雪の表面を溶かし始めていた。
それが陽射しを反射してキラキラと目映く、陸は前を見つめたまま薄く目を細める。
「…………綺麗ですね」
普段はのどかな田園風景が広がっていて、それらが全て雪で真っ白に染まっている様は圧巻だった。
千波が小さく頷いたのを見て、陸はためらいがちに言葉を続けた。
「………お寺も、雪積もってましたか?」
「…………え」
驚いたような声を出し、千波はパッと陸の顔を見上げる。
「ご存知だったんですか。お寺に行ってたこと……」
「初枝さんが心配してたので。お寺の階段が急だから、千波さん滑って転ばないかって」
「………ああ。……そうやったんですか」
千波は少し笑い、そのままスイと前方を見つめた。
「今日は……命日やから……」
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