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「も、もう、そのことは忘れてください!」
「いや、多分一生忘れられないでしょうね」
クスクス笑いながら、陸は階段へ向かって歩き始めた。
しかしからかうような口調の後、一転して陸は優しく目を細めて千波を見下ろした。
「………でも、あの時と今じゃ、気持ちは全然違いますよ」
「………………」
一度廊下で体勢を整えてから、陸はゆっくりと階段を上り始めた。
一段、一段、丁寧に陸は階段を踏み締める。
その腕に揺られながら、千波は静かに陸の胸に頭を預けた。
(………なんか……夢の中におるみたい……)
ふわふわと雲の上を歩いているように心が浮足立って、まるでこれが現実ではないような気さえする。
お姫様抱っこでベッドまで連れていってもらえるなんて、まるで映画のワンシーンのようだ……。
時間をかけて階段を上りきった陸は、千波の部屋のドアを片手で器用に開けた。
部屋に一歩足を踏み入れたところで、陸は千波に顔を向ける。
「…………電気は………」
千波はブンブンと勢いよく首を横に振った。
「つ、点けません!」
「………………」
千波の返事を聞いてから、陸は部屋の中に目を転じた。
外は雪が降りしきり、月明かりは望めない。
仄かな街灯の明かりがカーテンの隙間から差し込むだけである。
それでもお互いの顔を確認できるには充分だった。
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