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「ダ、ダメです、陸様! 今日仕事だから、もう起きないと…っ」
「………………」
陸の行為を制するようにそう叫ぶと、ピタリと陸の動きが止まった。
キスの雨から解放され、千波はうつぶせになったままゆっくりと陸を振り返る。
すると陸は急激に我に返ったように右手で額を押さえた。
「………ああ、そうだ。俺も今日、予定あるんだった……」
まどろむような仕草から一転して、陸は完全に目が醒めたようだった。
千波の体から離れ、その横に力なくゴロンと転がる。
「………あー、なんか急に現実だなぁ……」
仰向けになりながら目元を腕で覆い、陸はしみじみと呟いた。
まだドキドキと暴れる動悸が煩くて、千波は強く胸元をシーツに押し付ける。
そうしてすぐ横の陸の顔をチラリと窺った。
(………もしかして、陸様も同じ気持ち、なんかな……)
この時間がいつまでも続けばいいと。
現実に、引き戻されたくないと。
────自分と同じように、陸も感じてくれているのだろうか。
「…………………」
射るような視線に気付いたのか、陸はふと千波に顔を向けた。
色素の薄い鳶色の瞳と視線がぶつかり、千波の心臓が跳ね上がる。
陸はしばらくじっと千波の顔を見つめた後、おもむろに手を伸ばしてきた。
「……………っ」
大きな手が髪に触れ、千波は息を詰める。
サラサラと陸は何度か手櫛で千波の髪を梳いた。
それは千波がここにいることを確かめているような……そんな仕草だった。
やがて陸は安堵したように、表情を和らげ。
「………おはようございます」
言いながら、ふわりと微笑んだ。
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