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とりあえず千波は脱ぎ捨てていたパジャマを身に付け、着替え終わった陸を玄関まで見送りに出た。
夢のようだった一時が嘘だったかのような、どこかリアルな気ぜわしさだった。
(………なんか、淋しいな……)
千波のことを思ってくれての行動なのだろうが、あまりにも慌ただしくて物足りなく感じてしまうのが本音だった。
色々聞きたいことや確かめたいことがあるのに、聞いてはいけないような気になってしまう。
「………あ、そうだ」
靴を履き終えた陸は、何かを思い出したように千波を振り返った。
千波の心臓がドキリと大きく弾む。
「は、はい」
「俺、無断外泊だから。……もし家の人間に何か聞かれたら、シラ切り通してもらっていいですか」
「……………」
「色々詮索されるのも面倒だし、千波さんだってやりにくいでしょう?」
「…………はい。……わかりました」
そんなことか、と落胆をあらわにして肩を落とすと。
陸は少し笑って、千波の両手をぎゅっと握りしめてきた。
「……………!」
突然だったので驚いて陸の顔に見入ると、陸は千波の目を見上げてニコッと微笑んだ。
「千波さん」
真っ直ぐに見つめられ、千波は怯むように陸の瞳を見返す。
陸は千波の手を強く握りながら、口を開いた。
「俺、もしかしたらもうすぐ仕事決まるかもしれないんです」
「………………」
「もし決まったらその時、千波さんに話があるんですけど。……聞いてもらえますか?」
緊張しているのか、熱と共に小さな震えが陸の手から伝わってきて。
不安だった気持ちが一転して、千波の胸がじんと熱くなった。
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