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(それって……それって……期待してもいいってこと……?)
自分を見上げる陸の真摯な瞳を、千波は無言で見つめ返す。
今の言葉の解釈を自分が間違っていないなら。
近いうちに、陸は何らかの言葉をくれるということなのだろうか。
雇い主と使用人という関係から、一歩踏み出すことができるのだろうか……。
千波はきゅっと下唇を噛み締め、陸の目を見つめながらコクリと小さく頷いた。
「………はい。……待ってます」
千波の返事を聞いた陸の顔から緩やかに緊張が解け、直後照れたように幼い笑顔になった。
名残惜しげに握った手に一度ぐっと力を込める。
その後、陸はゆっくりと千波から手を離した。
「じゃあ、また後で」
「…………はい」
目を合わせて微笑み合ってから、陸は千波に背中を向ける。
少し躊躇うように引き戸を開け外の様子を窺った後、陸は千波に会釈をして家を出て行った。
(雪……溶けちゃった……)
居間に戻った千波は、自身の体を抱きしめるようにしてじっと窓辺に佇んだ。
一晩でこんなに様相が変わるのかと目を疑うほど、庭の景色は昨夜と一変していて。
雪解け水が山茶花の花から滴り落ち、朝陽をキラキラと反射させているのを目にしながら、じわじわと千波の胸に実感のようなものが込み上げてきた。
昨夜、陸と結ばれたこと。
………そして、陸が千波との関係に何らかのケジメをつけようとしてくれていること。
(………陸様……)
まだ体中に色濃く残る陸の温もりを抱きしめながら……。
心の中の迷いが、昨夜の雪のように溶けていくのを千波は感じていた。
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