摂氏100℃の微熱

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「………はあ、……はあ」 あまりにも全速力で自転車を漕いだせいか、もうすぐ五十嵐家に着くという段になって、ペダルを漕ぐスピードは急激に失速していた。 呼吸を整える為、千波は一度自転車を止める。 (………うう。……気持ちに体力がついていけへんのが哀しい……) 自転車を降りた千波は、汗を拭いながらゆっくりと堤防にもたれかかった。 夕方の空気にサアッと海風が混じり、千波の汗ばんだ体を少しずつ冷やしていく。 なにげに海のほうを振り返った千波は、たまたま降りた場所があの海岸のすぐ上だったことに気付き、ハッと息を詰めた。 1年前、陸を初めて見かけたこの海岸──。 この海岸には陸との様々な思い出が詰まっている。 土産物屋をクビになった直後、ここで海に向かって叫んでいるところを陸に見られ、笑われたこと……。 陸の過去の恋を、傷を、知ったこと。 初めて陸にキスされた直後、良平と別れることを陸に告げたのもここだった。 「………………」 無意識に千波は、ふらりと海岸へ向けて足を動かしていた。 覚悟を決めたとはいえ、五十嵐家が近付くにつれやはり怖じ気のようなものが湧いてきて……。 この思い出の場所で、気合いを入れ直そうと考えたのだ。 陸との思い出の詰まったこの場所から、勇気を少し分けてもらいたいような。   ここで全ての迷いを流れ落としていきたいような。 そんな気持ちだった。  
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