1930人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
波打ち際に佇み、海に沈んでいく大きな夕陽を眺めながら、千波はふと子供の頃祖母に聞いた話を思い出した。
夕暮れ時。
徐々に暗くなっていく畦道を歩いて帰るのは、どこか物悲しくて。
友達と別れてしまうのが、遊びが終わってしまうのが寂しくて。
つい暗くなるまで遊んでしまった日。
陽が沈む黄昏れ時のことを、逢魔が時というのだと、祖母に教えられた。
その名の通り、魔物に逢ってしまう時間という意味で、こんな時間まで遊んでいると妖怪に連れ去られてしまうよ、と祖母に言われて。
夕方と夜の、あの何とも言えない時間のはざまの妖しさに、それは妙に信憑性があって。
それから千波は一度も門限を破ることはなかった。
大人になって、もうさすがに魔物なんかいないことは理解しているけれど。
土産物屋をクビになって、今と同じようにこの場所で夕陽を見つめていたあの日。
いつの間にか背後に立っていた陸に気付いた時は、一瞬幻を見ているのではないかと思った。
逢魔が時が見せた、この世に実在しない人なのではないかと。
すぐにそれは勘違いだとわかったし、今思い出しても恥ずかしくなる程全くロマンチックな出会い方ではなかったけれど。
あの瞬間がなければきっと陸も自分に声をかけることはなかっただろうと思い、全てはあの日、この場所で始まったのだな、と。
星が瞬き始めた空を見つめながら、千波はそう感じた。
確かに陸はここにいて、千波の傍にいて、優しさや温もりやときめきや、色んなものを与えてくれたけど。
今ここから陸がいなくなってしまったら、この一年の思い出はやっぱり幻だったのではないかと……そう思ってしまいそうだった。
最初のコメントを投稿しよう!