1930人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
「──────千波さん」
「…………………」
ぼんやりと砂浜に立ち尽くしていた千波は、鼓膜に響いた懐かしい声を耳にして、一瞬動きを止めた。
思わず両手で、耳を覆う。
(………え。……幻聴?)
優しくて、少し低くて、心にまで囁きかけてくるような、甘い声。
ずっとずっと、聞きたかった声。
あまりにも心が求めすぎて、とうとう空耳まで……。
「千波さん」
「……………!」
バッと千波は声のしたほうを振り返る。
そうしてそこに立つ人物を見て、大きく目を見開いた。
「………………」
夕焼けに暮れなずむ海岸。
静かに鳴き渡る波の音。
そして、千波を見て優しげに微笑む、オレンジ色に染まった顔。
「………陸……様?」
………それは、幻でもなんでもない、紛れも無い陸の姿で。
まるで、初めてここで顔を合わせた時のような情景に、千波の胸がグッと熱くなった。
陸は一歩一歩、ゆっくりと千波に向かって歩いてくる。
やがてすぐ向かいまで来ると、ピタリと足を止めた。
二人は真っ直ぐに向かい合い、お互いの顔をじっと見つめた。
二週間ぶりに見る陸の顔に、千波は思わず涙ぐみそうになった。
「り、陸様……どうして、ここに……」
震える声で尋ねると、陸は少し決まり悪げに苦笑した。
「実は千波さんに会いに、さっき家に行ったんです。でもまだ帰ってなくて、後で出直すつもりだったんですけど。……その前になんとなく、ここに来てみたくなって……」
「…………………」
「そしたら千波さんがいたから、びっくりしました」
信じられない思いで千波は陸の顔を見上げた。
………まさか、こんな偶然があるなんて……。
最初のコメントを投稿しよう!