摂氏100℃の微熱 2

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「──────千波さん」 「…………………」 ぼんやりと砂浜に立ち尽くしていた千波は、鼓膜に響いた懐かしい声を耳にして、一瞬動きを止めた。 思わず両手で、耳を覆う。 (………え。……幻聴?) 優しくて、少し低くて、心にまで囁きかけてくるような、甘い声。 ずっとずっと、聞きたかった声。 あまりにも心が求めすぎて、とうとう空耳まで……。 「千波さん」 「……………!」 バッと千波は声のしたほうを振り返る。 そうしてそこに立つ人物を見て、大きく目を見開いた。 「………………」 夕焼けに暮れなずむ海岸。 静かに鳴き渡る波の音。 そして、千波を見て優しげに微笑む、オレンジ色に染まった顔。 「………陸……様?」 ………それは、幻でもなんでもない、紛れも無い陸の姿で。 まるで、初めてここで顔を合わせた時のような情景に、千波の胸がグッと熱くなった。 陸は一歩一歩、ゆっくりと千波に向かって歩いてくる。 やがてすぐ向かいまで来ると、ピタリと足を止めた。 二人は真っ直ぐに向かい合い、お互いの顔をじっと見つめた。 二週間ぶりに見る陸の顔に、千波は思わず涙ぐみそうになった。 「り、陸様……どうして、ここに……」 震える声で尋ねると、陸は少し決まり悪げに苦笑した。 「実は千波さんに会いに、さっき家に行ったんです。でもまだ帰ってなくて、後で出直すつもりだったんですけど。……その前になんとなく、ここに来てみたくなって……」 「…………………」 「そしたら千波さんがいたから、びっくりしました」 信じられない思いで千波は陸の顔を見上げた。 ………まさか、こんな偶然があるなんて……。  
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