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「どうして知ってるんですか?」
「………………」
みどりの名前を出していいものかどうか迷い、答を逡巡していると、陸はヤレヤレという風に肩をすくめて苦笑した。
「また噂話ですか。ホントに広まるの早いなぁ……」
呆れた口調ではあったが、陸は東京行きのことは否定しなかった。
言葉を無くす千波に気付かず、陸は笑いながら続けた。
「そうなんです。来月の頭から東京へ行ってきます」
「………………」
千波はぼんやりと陸の顔を見上げる。
「………証さんの会社、ですか?」
「はい。急に呼び出されて、仕事押し付けられて。……相変わらず強引な奴で……」
笑いながら淡々と語る陸を見て、千波の胸は切なさではち切れそうになった。
………何故陸は、こんなに平然と東京行きの話をするのだろう。
もう会えないかもしれないのに。
もうこれで、最後かもしれないのに。
それとも陸の中で自分とのことは、完全に終わってしまったことなのだろうか。
………もう、完全に手遅れなのだろうか。
(………嫌や。……そんなん……)
千波はぐっと奥歯を噛み締める。
これで終わりになんか、絶対にしたくない。
陸を絶対に失いたくない。
今まではしがらみや、意地や、羞恥心や……それらの色んなものがことごとく自分の心に蓋をして、遠慮をして、素直になることができなかった。
でももう、そんなことはどうだっていい。
陸を失うことに比べたら、そんなことはごくごく些細なことだから。
…………陸のことを、愛しているから。
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