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黒く長い豊かな髪。
大きな肩と浅黒い肌。
黒曜石にも似た瞳は全ての光を吸収していくかのような力強さを秘めている。
その王の肢体にそっと触れて、月詠みは何かを感じ取っているような素振りを見せた。
「そうしていれば何かわかるのか?」
「そうですね、しかしそれを言葉で表現するのはむつかしく御座います」
月詠みの銀の髪がさらさらと王の腕に流れて落ちる。
その女は決して開かれることのないまぶたの奥に静かな生命力を感じさせる他は、人間ではない何かのようだった。
そもそもこんな色の髪はどんな部族でも目にしたことがない。絹の道のはるか彼方に金色の髪を持つ部族が暮らしているという話はここアグルにも伝わっているが、白でも金でもないこの光沢はどんな突然変異からなるのかと王はいつも不思議に思う。
「鼠が紛れている」
月詠みの髪に指を絡めながら、王は顔色一つ変えず言った。
「テシャの鼠ですね」
事も無げに月詠みが答える。
うん、と王もまた答えて、水煙草に手をやった。
強く焚いた香の匂い。
白檀の香り。
王宮のはずれに建てられたこの聖火の殿は、代々月詠みと呼ばれる巫女の寝所でもありまた、王が巫女から知識を授かる神聖な語り部屋でもある。
「テシャは良い子です」
月詠みは王の指に絡んだ髪をほどきながらつぶやいた。
「子と呼ぶにはどうも大人びすぎている」
「あの子は北の部族の出で御座います故、致し方ないでしょう」
「北の部族では子供は皆ああなのか」
不思議そうに王が身を起こす。
「北の部族は屈強です。女も子供も関係なく皆戦いに出るのです。そのため彼等の部族には赤子を差す言葉はあっても子供を差す言葉はないと聞いております」
月詠みが微笑む。
「子供が子供らしいのは、子供らしくするべきだと我々が思っているからです。それを彼等が知っているからですよ。あの子は子供らしくできないのでは御座いません。これまで子供らしくする必要に迫られなかったのです。何故なら彼女の国には子供という言葉が無かったから」
王は暫し黙って、それから再び身を横たえた。
「なるほどな。あんな華奢な身体でも、生まれながらの戦士であるということか」
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