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1.社長室へ呼ばれる
金曜日の早朝、「定時後、社長室へ行くように」との指示があった。課長は、引き継ぎと身辺整理をしてから行けといった。イマノは悪い話だと悟った。
イマノの勤める会社は埼玉県にある従業員二百名ほどの中堅企業だ。国際競争があらゆる分野で起きている現在、日本で製造業を続ける必然性は少ない。客先が海外へ進出し、売上げは確実に減っている。今のところ、赤字ではないが、経営は厳しいと聞く。
年功序列的な給与体系の中で最年長であるイマノは陰で給料泥棒と呼ばれている。ただ、若い部下と並んで工作機械のオペレーターをしながら、機械のメンテナンスと生産管理業務、新人教育をこなしているから給料の分は働いていると自負している。課長たちのように事務所でノンビリとパソコンを操作しているわけではない。
イマノは機械のそばが好きだ。そこで仕事している限り、課長にガミガミいわれない。無論、課長は勝手にやってきてガミガミ言うが、機械の音が大きくて、あまり気にならない。機械のそばこそがイマノの王国だ。
オペレーターを続けているのは、機械の操作をしないと、自分の技術と体力が落ちていくことがわかっているからだ。自分のセールスポイントは工作機械の操作だ。この会社をクビになったらオペレーターとして再就職するしかない。そんな事態を考えているから、機械のそばを離れられない。
呼び出された理由は、社長がリストラを決意してクビを宣告することぐらいしか考えられなかった。過去にこんな呼び出しはなかったから、どんな話があるのか見当もつかない。イマノは常に一番悪い状況を想定する。長く勤めた会社だが、会社を去る日がいつかくるのは理解していて、この会社にこだわるつもりはない。社長に退職金として欲しい金額を伝えるつもりだ。無理をいう気はないが、自分の貢献を数字で認めてほしい。少なくとも二時間ぐらいは条件闘争をしようと思う。時間を掛ければ受け入れてもらえることは多いし、自分も納得できる。
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