第1章 迷樹の月

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  ** 第1話 ** 今日の仕事もかったるい。 そんな考えごとをしながらも怪我ひとつせず---もっと言えば、ターゲットに見つかることさえなく拠点に着いた。 毎日同じようにどこかの大富豪サマの豪邸ないしは旅団に狙いを定めては、同じように盗みを繰り返す。飽きてきたなーと欠伸をひとつ。 しかしここを出て行く気はない。なぜならヴィルはここ以外を知らない、生まれた時からここにいたから。 ヴィルを育ててくれたのはここの盗賊団のエライ人で、恩返し中の身だ。毎日が退屈でつまらないけれど、訓練は楽しい。エライ人は役に立つと言って褒めてくれる。訓練して、盗みに出て。技術を教わって、盗みに出て。すぐに練習相手がいなくなってしまった。 また退屈したヴィルに、エライ人は言った。 「魔法みたいな技を、教えてやろう」 それは、本当は本当に魔法なんじゃないかと思う。 誰かが何処かからくすねてきた分厚い本。誰も本の通りに扱えた者はいない。 …ただ、ヴィルを除いては。 それでも最初の2、3ほど。それが限界であった。すぐにエライ人の興味は薄れていって、皆がもう忘れてしまった頃。 これは、お前にきっと必要になるよ、と。あの本をヴィルにくれたあの人は、いつかの自警団襲撃の時に消え去ってしまった。 死んだのか連れていかれたのか分からないが、もう会うこともないだろう。 こんな風に今いない人のことを考えるのは初めてで、なんだか新鮮な気持ちがしていた。ガラにもなくしんみりしてしまったと顔を上げた先に、人影を見る。 「…………おまえ、そこで何してる」 びくっと肩を揺らして振り返るその顔には、見覚えがある。盗賊団のメンバーだが、恐らくは下っ端。もしかしたら奴隷なんじゃないかというくらいの。 目が合うたびにじっと見つめてきて、しかし話したことはなかった。生まれた時のことから覚えているが、あの当時から変わらずいる奴は珍しい。 ヴィルの怪訝な表情など気にもせず、しかしヴィルがここに居ることに関してはあまり喜ばしくない様子で、彼は言った。 「ネ……っ、どうしてここに、いや、いいんだ、その……そんなことより、……っ逃げて!」 「は?」 ヴィルの声が彼の叫びにかき消されたのはその直後のこと。 「っぁあああ……っ!!」
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