第1章 迷樹の月

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「っ!」 戸惑うヴィルに、声をかけたのはエライ人、 「ヴェラク、ここで何をしてるんだ?」 「ぼく!?ぼくは何も……そいつが目に入ったから来ただけだ」 「そうかそうか……余計なことを」 「……くぅ……っネロ!!」 腕を掴まれ哀れにも宙ぶらりんの彼が、悲痛な声でヴィルを呼ぶ。 その呼び方をする人はいない。でも、いつかどこかで、聞いた覚えがあるような---? パァン と銃声が響く。 すぐ近く、まるで真横から……と思った瞬間には体が勝手に動いていて、避けられるわけもないのにヴィルを狙った弾丸はまっすぐ樹の幹に埋め込まれた。その弾道に至るまでを、正確に読み取って動いたわけではない。 ヴィルが状況を把握しきれていないうちに、わらわらと人の声が集まってくる。 さっきの銃弾は考えるまでもなくよく知る盗賊団のひとり。考えるよりも逃げなければ、と。本能がそう告げても、すっかり混乱してしまったヴィルの脚はもうすぐには動き出そうとしない。 「お前はよく働いた、なぁヴェラク……もう休め。お疲れさん、だ。やっぱりお前も悪魔だったってこった」 「なに、」 「悪魔族ってのはなぁ……たかーく売れるんだよ。いつかの神族と同じようにな」 エライ人、のニヤついた顔が気持ち悪い。ずっと気が付かなかったなんて、こんな顔で、こんな目でヴィルを見ていたこの人に。 『裏切り者!!』 純白の身を真っ赤に染め上げてキラキラと雫を零しながら、いつか一人の女の子に吐かれた言葉。 神族が悪魔に何を言うのかと、あの時は笑ったものだ。ヴィルにとってここで教わったことが全てで、神族と慣れ合う義理なんかなかった。 「お前は知らんだろうがあいつは高価く売れたぞ……メスのほうが高価いんだ、"そういう"意味でな。だからお前をここまで育ててやったのさ。"オレ"、と言わせないのを不思議に思わなかったか?お前は見目だけはいい」 「なんでオレらがお前に手出さなかったと思う?お頭はお前がかわいくてかわいくて仕方ないんだってよ、"ヴェラ"ちゃ~ん?ハハハ」 「当然だろう、キズ物にされちゃ敵わんからな」 眩暈がする。気持ち悪い、しか思えなくて早く逃げ出してしまいたかった。でも彼は、未だに捕まったままの彼はもう耐えられないとでも言いたげに背けていた顔をぐっと上げて、自分の2倍はある巨体に向き直った。
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