第1章 迷樹の月

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   ** 第2話 ** チャリ、と鳴る音に違和感を感じる。腰に付けたのは間違いだったかな、と首を傾げて、ヴィルは未だに森の中を歩いていた。 昨日の朝、拠点のあった場所から発ってくる際に、近くの低木樹の枝に引っかかっているのを見つけたチョーカー。これは恐らく彼が服の他に唯一身に着けていたものだ。彼をまじまじと見たのはあの夜が初めてだったので、なんとも確証はないけれど。 昨日一日歩き続けて、流石に疲れたと一休みしてこのチョーカーを調べてみた。デザインが変わっている……だけではなさそうなのだが。ちょっとそういった知識は教え込まれていないヴィルには分かりそうもないことだった。 ひとつだけ分かったのは、小さく小さく彫り込まれた名前。もし薄汚れてでもいれば見落としてしまいそうなほど微かなそれは、人間よりかは五感の研ぎ澄まされたヴィルには確かに読めた。そう、ヴェラクネロ、と。 盗賊団では一度も呼ばれることはなく、忘れてしまうんじゃないかと思ったりもした"ネロ"。確かに自分には覚えがある。生まれた瞬間から記憶にあると思っていたのに、まだ脳みその奥底に開かない引出しでもあるのだろうか。 そういえば自分の名前の由来など気にしたことはなかった。このチョーカーも気になる。しかしこれの持ち主であった筈の彼はいない。生きていたとして、探す頼りも何もない。 大丈夫だったのかとか、どうして魔法が使えるのかとか、なぜ、どうやって消えたのかとか、あの夜に何をしていたのかとか、このチョーカーのことだとか、問い詰めたいことはいくらでもあった。が、やっぱりただ腰にぶら下げるだけだった。 いざとなったら非常食になるか、と早くも売り飛ばすことを考え始めるヴィルだったが、本当はこのチョーカーを手放す気など毛頭なかった。 自分の名前が彫られたチョーカー。今となってはもう誰も口にすることのない、音の世界から消滅した名前なのだから。image=476031061.jpg
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