第1章 迷樹の月

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   ** 第4話 ** 「………………」 聞き覚えのない声がする。頬に滴り落ちる冷たい雫に引き戻され、ヴィルは目を開けた。まだ視界を霞ませながらも移ろう視線を惹きつけたのは、地に群生してキラキラと輝く結晶だった。 水晶……だと思う。加工された宝石でしか見たことはないが。 綺麗だな……と気が緩んだのも束の間、手足が動かないことに気付く。どうやら縛られているらしく、跡が付いていそうなほどぎっちりと固く結ばれている。 「参ったな……ツイてない」 ヴィルは今日何度目かの溜め息を零して、話し声に耳を傾ける。祝杯でもあげているような明るさで、彼等は話し続けている。 「いや~しかし今日はツイてんな!」 「またそれか、何回繰り返しゃ気が済むんだ」 「だってよ!ふといつもの通り狩りに出たら一生に一度の獲物に出くわして、こうも上手く運んでんだぜ」 「油断してんじゃねぇよバカ。気が大きくなるのも分かるがな、これは表立った狩りなんかとは訳が違うんだ。……いいか、奴らは人間じゃねぇ。が、誰も神に祈ったりしない、誰も悪魔を恐れない。こんなご時世でも奴らにだって“じん権”ってモンがあるんだ」 「人間じゃねぇんだろ?」 「茶化すなアホ!神権のことだ、こいつは悪魔族ならジン権か」 「へーへー、それで?」 「……分かってんだろ?これは歴とした闇取引なんだ。立派なジン身売買だって言ってんだよ!そこら中で誰でもやってるって言ったってお天道様に顔向けできることしてんじゃねぇんだ」 ……なんだ、素人じゃないか。 ヴィルは途端に緊張が解けてしまった。伊達に賊にいた訳ではない。こういう時の対処法もばっちりだ。 「でもこいつどこから来たんだろうな?」 「森の奥からだろ」 「確かにな!?でもそうじゃなくて……まさか森の反対側からとか」 「ねぇよ。何日……いや何ヶ月かかるかも分かんねぇ」 「そうだよなー……」 なるほど。脚が速い自信はある。人より……いや、ヒトよりずっと。 どうやらヴィルの脚は信用に足るようだ。 一角を鋭利に削った仕込みの小石を取り出して、時折こちらの様子を見に来る彼らの眼を盗んで。こそこそするのは得意だと、皮肉っぽい笑みを浮かべてヴィルはとうとう拘束を抜け出した。 ここは薄暗い洞窟の中。水晶のことを考えても、出口は近くなさそうだとまた溜息をひとつ。 「あっ」
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