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感覚としては「ぬるま湯に服を着たまま浸かっている」が近いだろうか。……サクは夢を見ていた。昔の記憶だ。既に失われた過去の話で、何よりも温かかった記憶。水面を乱す波に拐われてしまいそうな、朧気な感覚。
そこには妹が居た。負けん気が強くて、一族の教えに正面から反対していた。だけど何故か、一族の教えに染まった兄(サク)を頼っていた。悲しい事があると背中に抱きつき、そのまま眠ってしまうのだ。時折「お兄ちゃん……」と寝言を漏らしながら。
「お兄ちゃん……」
そう、正にこのような感じで、甘えるような――――
「…………は?」
目が覚めると、そこにはメイドが居た。肩で揃えられた銀髪がさらさらと流れ、黒い瞳がサクを覗く。そのメイドの唇は弧を描いていた。
「お兄ちゃん、朝だよ。早く起きてよっ」
メイドはサクの腰に跨がり、精一杯の甘え声を出す。それを見てサクの瞳から涙が溢れた。妹萌えだから、では無い。昔の夢を見たからだ。過去の残滓がサクの心を蝕んでいただけで、そこには目の前のメイドなど微塵も関係無い。
しかしそんな事を本人以外が分かるはずも無く、実際にメイドにはサクが嬉しさのあまり涙を流したようにしか見えなかった。にやり、とより一層笑みが深くなる。
「ほほぅ。サク様はやはり妹好きですか。こちらも随分と硬くしておられるようですが」
そう言うと押し付けるようにして腰をグラインドさせる。無論そこが硬くなるのは仕様であり、男は皆そうである。特に朝方であれば、それは顕著に。
「止めろこの痴女メイド!」
「きゃうっ!」
はね除けて頭を叩く。サクも男である以上そういった行為は嫌いでは無いが、かといってここで誘惑に負けるわけにもいかない。サクは学生で、一刻後には授業が始まる。やる気は無いが義父の顔に泥を塗るわけにもいかない。
ただでさえサクは教師に目を付けられているのだ。せめて授業くらいは真面目に受けねばならない。
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