第三話

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湊のことは別に嫌いではない。 ただ、彼女といると、なんというか調子が狂わされる。 『晋作! 栄太郎! 九一! 玄瑞!』 そうやって俺達のことを笑顔で呼ぶ姿は、他の誰もが持っていない癒しを与えてくれる。 『栄太郎』 俺の名前を呼ぶ姿が少しだけ、松陰先生と被っていて。 復讐を決意した俺の心を揺さぶられそうで、怖い。 「あら、吉田様。ちょうど良かった」 昔のことを考えながら屯所の中を歩いていると、一人の女中に話しかけられた。 「えーっと、香奈だっけ? 何? なんか俺に用?」 「香奈であってます。まだ覚えてくれてないんですね。まあそんなことより、湊見ませんでした?」 「はっ? 湊? 見てないけど」 「そう。あの子、仕事来ないで何やってんのかしら! 部屋に声かけても返事もないし……」 湊がいない……? 仕事を投げ出すような人ではない。 中途半端が嫌いな湊なら尚更。 少しだけ嫌な予感が頭をよぎった。 昨日、あんな話をしたばかりだから。
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