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 先生は笑わない。けれど怒ることもしなければ泣くわけでもない。ただただ無表情なのだ。    ある時、私は先生に訊いたことがあった。 「先生はなんでいつも同じような顔をしているの?」先生のベッドに座りながら私は言った。    先生はいつものように窓の外の桜の木を眺めている。病院を囲むように植えられている桜の木はちょうど満開になっており、今が見ごろだった。 「君は面白いことを言うね。こう見えても表情を変えているつもりではいるのだけどね」そう言う先生の顔は少しも笑っていなかった。 「今は笑っているの?」 「もちろんだとも」先生は少し私を見るが、すぐにまた窓の外の桜に視線を移した。それにつられて私も桜を眺める。  窓の外は一面が桜一色だった。風が吹くと桜の花びらが舞う。その風に身を任せて飛んでいく。 「桜、いいなー」風に舞う花びらを眺めているとそんな言葉が口から飛び出していた。  すると先生が私を見て「君は桜が好きなのかい?」と尋ねてきた。  私は桜が大好きかと言われるとそうでもないのだが、べつに嫌いというわけでもなかったため「好きだよ」と答えた。先生は少し大きく目を開き、「そうか」と呟き、また桜に視線を移すと、「私も桜が好きなのだ。幹が見えなくなるほど花を咲かせる姿がいい。自分を飾るようにも、偽るようにも見える、あの人間臭さが好きなのだ」と言った。  私は先生の言っている意味が分からなかったため、「意味わからないよ」と先生に文句を言った。  しかし先生は、「君がまだ小学生だからといっても、理解することに早いも遅いもないのだよ。分かろうとすることから逃げてはいけない」と言って私の頭を撫でた。
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