前編

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 思い起こせば奇妙な始まりだった。蓮をスノウが尾行して、強引といえる態度でマンションの家にまで押しかけ、挙句無理矢理居座っているような状態だ。最初こそ不信感と、嫌悪感だらけだった蓮だが、今となっては見つめ合って笑っていた。  どうしてこんなこと――そう思いながらも、鬱々と溜まっていた重たいものが落ちていく感覚に、心地良さを感じずにはいられなくなっていた。  「じゃ、もう一度やり直し」  「えー、ほんとにするんですか!?」  「言っただろ。今日はセリフの練習って」  「や、でも私っ」  「手伝えないなら、今日はもうさようならを」「やりますっ」  まるでコントのようなやり取りは、また二人を笑いの渦に巻き込む。  そうやって二人の息があっていき、なんとなく始まったセリフ練習は二人を次第に本気にさせていった。  「もうこんな時間か……」  「あ」  ぱっと顔を上げると、時刻は16時を指していた。  あれから四時間、びっちり二人でセリフを言い合っていたことになる。流石に声も掠れ、新しいお茶を取りに立つと、蓮は当たり前のように2本のペットボトルを持ってソファーに戻った。一本を渡すと、スノウはありがとうの言葉に笑顔を乗せて、さっと受け取った。  お茶を一口コクリと飲むと、サッと蓮の顔に赤みが射したのが見える。夕日だ。  「あ、夕日」  ただ一言そう漏らすと、蓮も顔を上げて普段は気にも留めない夕日の方へと視線を向けた。時刻からして冬が近いことを感じる。  ただぼんやりとその時間を二人は無言で過ごし、飲んでいたペットボトルを置くと、スノウは迷いを見せるかのように手の上でペットボトルを転がしながら悩んでいた。  コロコロ、コロコロ。  左へ右へと両手を組んで転がす姿がおかしくて、蓮が笑いながらそれをぴょいと取り上げた。  「スノウ。どうした」  すっかり彼女をスノウと呼ぶことに抵抗が無くなっていて、するりと蓮の口から出てきたその言葉に、初めてスノウは胸を痛めた。  それは、時刻が『今』この時……夕刻だからかもしれない。
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