前編

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 「一つだけ。一つだけ、お願いしてもいいですか?」  無理矢理人を50万で買うと言って押しかけてきたスノウだったが、今まで要求したことと言えば、スノウと呼んでほしい、というその一点くらいのモノだった。むしろ蓮の方がセリフ覚えと称して付き合わせたりなど要求をしたと言っても過言ではない。  だからその問いに否の気持ちは一切なく、蓮はいいよと静かに答えた。  蓮の答えを聞いてスノウはホッと息をついてから、ギュッと手に力を込める。ゴクッと唾を飲み込むと、スノウは一息にお願いを告げた。  「あのシーンをやってください。私を『スノウ』だと思って」  それはドラマ『スノウ』が好きな人間や、テレビ番組でもよくされるリクエストと同じものを指していると蓮にはすぐに分かった。もちろん目の前のスノウも、すぐに気が付いてくれると分かってハッキリと「どこの何のシーン」と言わなかった。言わなくても分かると思って簡潔に言ったのだ。  そしてその答えを想像すれば、返事が怖くてスノウの顔が俯いていく。  小さく、祈るようにきゅっと両手を握りしめるスノウ。その横顔に陽がさすのを見て、蓮はスッと立ち上がるとスノウの背後に静かに立った。  そっと両手を背後から回すと、触れるか触れないかの距離感を保ちながらスノウの顎の下あたりで腕をクロスさせる。顔を寄せると、蓮の顎がスノウの頭頂に触れるほどの近さに近づいた。スノウの背中に触れない距離で、蓮の身体が近くに寄る。  それだけで、全身で蓮を感じている気持ちになった。  (蓮を感じたい)  自然とスノウが目を瞑ると、どこも触れていないのに身体じゅうで蓮を感じる気がした。  温もり、吐息、香り、鼓動。  全てがスノウの中に流れ込む。  頭頂にあった顎がゆっくりと右側へと倒れてくると、蓮の唇がスノウの右耳の上に来た。触れてはいないのに、それでも触れそうな程の近い距離にその柔らかなものがあるのを感じて、スノウの身体は震えそうになる。  日が傾いて、全身にスッと陽が当たる。まるで同じ――ドラマ『スノウ』の名場面。  それは雪だるまに宿る少女スノウと、蓮が演じる少年の最後のシーンを再現するかのように酷似していた。
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