後編

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 彼女は自分のことで頭がいっぱいで、きっと蓮の気持ちだなんて考えたことはないだろう。そうでなければ、ロクに挨拶もせずお金を置いて出て行くだなんてことを出来たはずがない。――そう蓮は考えていた。  だから今になってあの意思の固そうな彼女が、自分にコンタクトを取るとは思ってもみなかった。それが、なぜ……  そんなことを考えながら、目の前で繰り広げられる舞台にのめり込んでいく。  時折自分の耳に飛び込んでくる大きなスノウの声。小さくて少し高めだったのに、今では大声を張り上げている。  蓮が言ったのだ、お前も役者やってみれば、と。その言葉を思い出して蓮は笑った。  そして舞台はいよいよ大詰めを迎えていた。  主人公の娘が、アルツハイマー病を罹い自分を娘と認識できない父と共に、過去の父を遡っていくというストーリーで、アルバムの写真を見て当時のその場所を尋ねていくという話だった。しかしどうしても母と初めて出会った場所が思い出せないことに父が苦悩し、こんな下らないことはもうやめようと言い始める。  けれど娘は諦めきれず、手がかりのアルバムと父の友人の話を聞きながらようやくそれらしい場所を割り出す。内緒でその場所に連れて行ってみれば、忘れていたことが嘘のように父は思い出の地へと走り始めた。そうして辿りついたチューリップ畑で父親は涙して崩れて言う。  「ここで私は刹那と邂逅した」と。刹那=一瞬との、邂逅=偶然の出会い。  その刹那との出会いで、妻を愛し、娘が生まれた幸せな日々を思い出す。フラッシュバックするかのように一度にそれらを思いだした彼は、ようやく目の前に立つ少女が自分の娘だと気が付き、号泣する二人は抱きしめあって舞台は幕を下りた。
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