後編

11/14
前へ
/43ページ
次へ
 『アナタの今日を買わせてください!』  おこずかいやお正月にもらったお年玉など貯めてきたお金をかき集めて、50万円を用意した。芸能人である彼が、そんなお金につられてくれるとは思えない。けれど、それくらいの方法しか思いつかず、小春は当たって砕ける気持ちで蓮を直撃したのだ。  そうして得た刹那は、堪らなく小春の胸を締め付け、いつまでたっても忘れられないものになった。  ただの憧れだったのに、一日のたった数時間で本気で蓮に恋をしてしまったのは、小春が俳優としての彼を人間の男として意識したからかもしれない。  『お前が消えても、俺の中でお前は消えない』  その言葉を聞いて涙が止まらなくなったのは、本当に自分が消えるかもしれない、そう思ったからだ。そうして近くなりすぎた距離に耐え切れなくて、自分の気持ちが引き返せなくなって爆発する前に逃げようと思った。  約束通りにお金を無理矢理置いて部屋を出る。これで小春は手術でもし死んだとしても何の未練もない、そう思えるはずだった。  けれど――何物にも代えがたい刹那を、もう二度と手に入れることが出来ないなんて悔しすぎる、そう思う小春が居た。  また刹那を手に入れるため、そう誓って手術に臨んだ。恐れていたのに呆気なく終わったそれは、小春をますます強くさせる。  昔断念したバレエの舞台。体力が持たなくて途中で挫折したのは中学入学して間もなくのことであった。しかし普通の舞台役者なら、そう思って演劇の戸を叩いた。  そうして今、3年の時を経て小春が大事にし続けた刹那――椎名蓮が目の前に現れたのだ。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

481人が本棚に入れています
本棚に追加