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そのセリフめいた言い方に小春が思わず吹き出すと、蓮は笑うなと言って柔らかく頬を摘まむ。それでも笑う小春に、買うのは止めようかな、というと今度は慌てて小春が必死な顔をした。
「駄目! じゃあ私が全部買うからっ」
「ばーか。俺はこんなに安くない」
「えぇ!?」
確かに、現在の蓮の状況を考えれば、小春などとこうやっていることがおかしなくらい遠い存在に違いない。もしかして、今自分が手に入れたと思った椎名蓮は、小春の想いとは違うのではないかと焦り始めた。
途端に怖くなって、胸に手をついて距離を取ろうと力を込める。
これ以上引っ付いていたら、小春の気持ちは引き返せないところまで飛んで行ってしまいそうだ。
しかし小春の込めた力以上の力で抱きしめられると、蓮の胸元に大きく顔を押し付けることになった。
「勘違いするなよ」
「か、勘違いって?」
「お前は逃げられないってこと」
「え?」
「俺は、邂逅なんて真っ平だ」
小春は言われた言葉を反芻して首を捻る。邂逅なんて真っ平、つまり偶然は嫌だと直訳すればいいのだろうか?
「離れていくな。ずっと……俺の傍に居ろ」
「……え?」
言われた言葉に頭がついていかずに小春は再び混乱に陥る。
そんな焦る小春を見下ろしながら蓮は3年を振り返って、そして現状を見下ろしてふわりと笑った。
今、自分の芝は青いのかもしれない、と。
自分も他人を羨んでいるうちは、何も見えずに分からなかった。けれど今は自分に自信があって、何よりも誰よりも自分は堪らなく幸せだと思った。
刹那――それは、自分にとって手に入れたくてたまらない瞬間。
それがあれば人は強くなれると思った。蓮に関して言えば、手に入れたい刹那のために妥協するということを止めた。とことん満足いくまで全速力で突き詰めていく。それは自信につながり、力になった。
今蓮は、何モノにも負けないと強く思えた。大切な、刹那を手に入れたから。
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