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「とにかく、授業をサボらせるわけにはいかないよ」  先生は、腕時計にちらりと目をやった。 「榊先生をお待たせしてるから、もう行くよ。ちゃんと経過は伝えるから、安心して」  先輩の肩をポン、と叩くと、先生は足早に廊下を歩いて行った。  渡り廊下の方に折れ、姿が見えなくなる。  先生が去った後も、先輩は俯いて何かを考えていた。 「先輩……?」  声をかけると、その目がこちらに向けられ、何かに気づいたように一点に留まる。 「……首……」 「え?――あ」  わたしはキスマークを隠すように首元に手のひらを当てた。 「俺の、だよね。――ごめん」 「いえ……」  俯いていると、先輩は小さく息を吐いた。 「カッコ悪いな。”大事にする”なんて言っておいて、止まんなくなって……。 しかも今だって、こうやって謝りながら、萌ちゃんに自分の印がつけられてる事、心のどこかで喜んでる。 萌ちゃんを自分一人のものにしたくて、たまらない」 「……」 「だけど」  先輩の手がこちらに伸びてくる。  思わず体を固くすると、先輩は悲しげに微笑んで、 「大丈夫、……何もしないから、怖がらないで」  そのまま、わたしの頬を優しく包む。 「どんなにカッコ悪くても、やっぱり俺……萌ちゃんのこと、好きだ」 「……」  真剣で、熱くて、真っ直ぐな目。  先輩は最初からずっと変わらずに、この瞳でわたしを見つめていてくれた。  それが眩しくて、――後ろめたくて……。   「……先輩、わたし――」 「待って」  先輩の指先がわたしの口元を塞ぐ。 「俺、別れないよ。 萌ちゃんが何て言っても、別れない」 「……」  わたしは先輩の手を唇からそっと外し、そのまま両手で握った。
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