一 通り魔

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一 通り魔

最近、星ヶ丘(ほしがおか)市ではある噂が絶えない。 それは、通り魔の噂。  通り魔がこの街に現れたのはつい一ヶ月前。星ヶ丘市にある二つの大きな学園のうちの一つ、市立未来学園高等部の女子生徒が襲われた。  女子生徒は夕方、学校帰りに日本刀で切りつけられたと警察に通報した。そして、近くの交番から駆けつけた警官が保護した女子生徒は――無傷だった。 「近道をしようと思って路地裏に入ったら、後ろから声をかけられたんです。隣町の女子高生でした。その人、手にとても長い日本刀を持っていて、それで……切りつけられたんです」 女子生徒はそう警察に証言した。だが、現場に血痕があるわけでもなく、当の女子生徒には擦り傷さえない。そのため、警察では今回の一件は女子生徒のいたずらと判断された。  しかし、それはいたずらではなかった。  それから、ほぼ毎日のように同じような通報と被害者が相次いだのだ。ある日はサラリーマンが襲われ、またある日は男子校生が襲われた。  それでも警察がこの事件を事件として取り扱うことはなかった。それはそうだろう。被害者はみな、被害を受けていないのだから。そのため、今では都市伝説のような扱いになっている。  そして今、俺は通り魔から逃げている。  俺も最初の被害者と同じく、近道をするために路地裏へ入った。そして、出会ってしまったのだ。日本刀を持つ、女子高生に。  それから俺は通り魔からの逃走劇を繰り広げているのだが、なにしろ路地裏を拠点に活動している通り魔だ。なかなか逃げ切ることができない。  走り疲れ、膝に手をつき荒い呼吸をする。路地裏独特の冷たい空気が肺に送り込まれる。 「みーつけた」  その不気味な声に振り向く。 少し遠くの方に通り魔が立っていた。薄暗い路地裏でも長い日本刀は鈍く光っている。 くそっ、また振り切れなかったのか! 「逃げないの?」  通り魔は口元をニヤつかせながら言った。  路地裏は質の悪い迷路だ。下手に動けばいつ行き止まりに行き着くかもわからない。だから、今は通り魔の出方を伺う。
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